Tyappaのなら日記

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Tyappa

Author:Tyappa
「シカとごらんくださぃ!」


Tyappa
性別:男
性格:てけとうでございやす


好きな花:蓮
「その話をしてるときは目の輝きが違う」とか周りに言われます...

奈良に住み、古都とふれあいながらの日々をご紹介♪
d( ̄▽ ̄)

だいぶ間があきました。ブランクもあるので、気張らずのんび~~~~り細々と書き始めます(*'-')

ちなみに、旧ブログは次元の狭間へと消え去っておりました・・・

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第二回『奈良まほろばソムリエ検定』《奈良通1級問題》の解説ぽいもの。その3

2008/09/23 15:58

大峯山脈
大峯山脈"釈迦ヶ岳"付近


書き始めた以上は完結めざして・・・・


というわけで、ひっさしぶりに続きやした(´・ω・`)



第二回『奈良まほろばソムリエ検定』《奈良通1級》
【Ⅱ.奈良県の歴史に関することがらについて、最も適当なものを選びなさい。】
(21)~(30)
までです!!

上の写真は特に意味ないです、お口直しの



今回も真面目風味でいきやす。
内容が気になる方は下の「続きを・・・」クリックしてくださいませ(´・ω・`)ゞ


============

歴史がまだ続きやす・・・ガンバ・・・(;´д⊂)

以下問題は、
第二回『奈良まほろばソムリエ検定』《奈良通1級》の問題用紙より。

出てくるページは初版の方のページです、改訂版は持ってないのでわかりません。


【Ⅱ.奈良県の歴史に関することがらについて、最も適当なものを選びなさい。】

(21) 光仁天皇を呪詛したとして廃后となった井上内親王とともに、宇智(五條市)に幽閉され急死した親王は誰か。
  ア、山部親王  イ、他戸親王  ウ、早良親王  エ、安積親王



これは公式本に書いてた内容ですね~。
てことで「イ」を選択してやした。


〔正解、イ〕 当たり。
公式本P210の御霊神社の欄に書いてやす。
ここもまだ行ったことないんですよね~、何かの時によってみたいですな(´・ω・`)



(22) 興福寺一条院門跡の覚慶が還俗し、のちに名乗った名はどれか。
  ア、足利義昭  イ、足利義視  ウ、一条兼良  エ、大友義鎮



これはね~、マイナーなのかもしれませんがアノ方なんですよね。
『信長の野望』(ゲーム)で世話になってる方です・・・信長包囲網つくりだすオヤジ・・・あぁ、浅井長政が~( TДT)
てなわけで「ア、足利義昭」でアンサー(σ ̄ー ̄)σ


〔正解、ア〕 当たり。
公式本だと、戦国時代あたりだいぶはしょってるので載ってなさそうです(´・ω・`)
だいぶ前に一乗院と大乗院のことについては興福寺関係やし出てもおかしくないやろ~と、知り合いと話し合ってたので大まかに勉強したのが効きやした。
先人の勘は恐ろしいですな(;´_ゝ`)

ちなみに、一乗院は寝殿が現在唐招提寺に移築されて残ってやすね。
鑑真さんの像を奉るお堂(御影堂)として使われてやす。



(23) 「元の木阿弥」という語は、奈良県でのある出来事に由来すると一般に伝えられているが、それは次のどれか。
 ア、松永久秀が東大寺を焼いた時、金の阿弥陀様だと思って大事に持ち出した像が、一夜明けると木造の阿弥陀様に戻っていた。

 イ、筒井順昭が亡くなった時、それを秘して木阿弥という者を替え玉に仕立てたが、やがて替え玉が不要になり、木阿弥に戻った。

 ウ、松永久秀に取り立てられて出世した大工の木阿弥が、信貴山城での久秀の敗死とともにもとの大工に戻った。

 エ、豊臣秀長は、郡山城の石垣造りを木阿弥に命じようとしたが気が変わり、他の者に以来したがうまくいかず、結局は木阿弥に頼むことになった。



知らないっす・・・なんのことやら・・・( ̄ー ̄;;)
というわけで、読んでて一番しっくりくるのを選びやした。
選んだのは「イ」


〔正解、イ〕 当たり。
ラッキー(;゜ロ゜)
わいの勘も捨てたもんじゃない!?(´_ゝ`)v

とりあえずまぐれですね、ほんと知りませんでしたもん・・・



(24)豊臣秀長の死去を受けて、郡山の城主となったのは誰か。
 ア、豊臣秀保  イ、筒井定次  ウ、増田長盛  エ、松平忠明



これは~、覚えてるよ。秀長ときたら増田長盛だ('д')
てことで「ウ」を選択。


〔正解、ア〕 ハズレ。
!?!?!?Σ(゜Д゜;≡;゜д゜)

うそん・・・・、秀保って誰デスカ?・・・

公式本のドコにそんな人が・・・みつかりません・・・
公式本P118『郡山城跡』の欄を覚え、文脈から秀長の後に増田長盛が入城したんだと思い込んでやした・・・が、アマカッタ(´_ゝ`)
隣のページ(P119)の『大納言塚』の欄に豊臣秀長が1591年に死去と書いてあり、その前のページの増田長盛の入城は1595年に入城と書いてあるわけですよ・・・この間の4年間に気づけなかった・・・orz

つまりはそこに豊臣秀保さんが入るんですね~、ヘェー('д')
イルナラヒトコト書イトケヨ(ノ ゜Д゜)ノ ==== ┻━━┻
というツッコミは通用しません。
知らなかったのが悪いんですから(;´д⊂)



(25)郡山藩本多家に起こった郡山騒動が九・六騒動といわれるのはなぜか。
ア、寛文11年(1671)9月6日に騒動の発端が起こったため。
イ、藩政を動かす家老15人が9人対6人に分かれて争い、混乱を極めたため。
ウ、幕府の決済で嫡流政長に9万石、前藩主の実子政利に6万石を相続させたため。
エ、家督を争った嫡流政長と、前藩主の実子政利がともに年少で、9歳と6歳であったため。



・・・・ここまでくるとはっきりしてきますね。
わいは戦国以降の大和の藩について知らなさすぎた(;゜ロ゜)
というわけで、わかりません。
日にちっぽいじゃん?てことで「ア」を選択。


〔正解、ウ〕 ハズレ。
ヘェーヘェーヘェー(゜▽゜;)
本多忠勝の子孫がこんな騒動起こしてたとは知りませんでしたね┐(´ー`)┌
それにしても郡山藩は人がころころ変わるね・・・



(26)江戸時代には、大和川水運が盛んであった。亀ノ瀬から下流の大阪側の船は、剣先船と呼ばれたが、上流の大和側の船は何と呼ばれたか。
  ア、高瀬舟  イ、菱垣船  ウ、北前船  エ、漁梁船


これはちゃんと覚えてます・・・。
答えは「エ」。


〔正解、エ〕 当たり。
公式本P45、歴史の近世の内容ですね。



(27)天誅組がその旗挙げに五條代官所で斬った代官の名はどれか。
 ア、藤本鉄石  イ、鈴木源内  ウ、丸田藍物  エ、松本奎堂


これは藤本鉄石の名前に記憶があったので、「ア」を選択。


〔正解、イ〕 ハズレ。
わいドアホでしたね・・・そら記憶にもありますよ。
天誅組起こした方が藤本鉄石でした(;´д⊂)
斬られた方が鈴木源内・・・。
公式本P223、五條・吉野の史跡の項、「天誅組本陣跡」の欄に記載。



(28) 幕末、北浦定政が平城宮跡の研究を進め、明治期に奈良県技師関野貞が大極殿跡を学問的に実証、平城宮跡の本格的な研究が進展した。次のうち、この宮跡の保存顕彰に奔走し、朱雀門南に銅像が建てられている人物は誰か。
 ア、川路聖謨  イ、恒岡直史  ウ、喜田貞吉  エ、棚田喜十郎



居ますね、雨の日も風の日も立ってるお方が・・・
答えは「エ」で。


〔正解:エ〕  アタリ。
これは友達の家行くときしょっちゅう通ってやした。
この像ですね。
棚田喜十朗   棚田喜十朗その2
こんな感じで平城宮跡の方(北)を向きつつ立たれてやす。

わいがガキのころから立ってはるんで、10数年前からいますね。
朱雀門作るより前からいた記憶がありやす。

公式本P48、奈良の歴史、近代現代のところに載っています。



(29) 生駒山の宝山寺に向かうケーブルの開業は、大正7年(1918)と古い。これは営業用のケーブル(鋼索線)としては、日本で何番目の開業か。
 ア、1番目  イ、4番目  ウ、6番目  エ、10番目


古いですね~ほんと。100年前ですか。
答えは「ア、1番目」を選びました。


〔正解:ア〕 アタリ。
公式本P261、近代化遺産の「近鉄生駒鋼索線」の項目に記載。
ちなみに生駒のケーブルカーとは別に、吉野のロープウェイも現役最古だそうで。



(30) 明日香村にあるキトラ古墳で、玄武の壁画がフェイバースコープでモニターに映し出されたのはいつか。
 ア、昭和58年  イ、平成2年  ウ、平成8年  エ、平成14年



飛鳥資料館で「玄武」の壁画公開見に行った時に知ったのか、記憶にありました。
てことで、「ア」をチョイス。


〔正解:ア〕  アタリ。
自分が産まれた年に近かったので覚えてましたね。
こんな前なんだ~って感じで。

公式本だとはっきりとは書いてないようですが、
P345の略年表の1983年の出来事に、「玄武の壁画が発見される。」とあるので、これから推測するくらいです。



============



え~~・・・・

これでようやく、IIの歴史に関する問題の部分が終わりです。


ここも疲れますね~

奈良の歴史の深さをあらためて痛感させられます。

ここでまだ全体の三分の一・・・


な、長いな・・・



これは勢いで書く記事じゃなかったですな( ̄ー ̄;)


以後はさらに簡略化していきましょう・・・そうしましょう。



※注意※ 間違い、勘違い、書き間違い等多数ある可能性があります。ここの内容を鵜呑みにしないようにお願いします。いかんせん勢いで書いてるコーナーですので・・・・( ̄ー ̄;;)
途中出てくるページは初版の本のページになってます。改定版持ってないのでわかりません。


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